My sweet, hard life

社会不適合者がハードラックに対峙する時に必要なたったひとつのもの

2017.11.26

先日、KBCラジオの「TOGGYの土曜の夜にナンモナイト?」にちょろっとだけゲスト出演させていただいた時の所感です。

 

 

社会不適合者のためのハードモード人生攻略法

きっかけはKBC

先日、KBCラジオの「TOGGYの土曜の夜にナンモナイト?」にちょろっとだけゲスト出演させていただきました。

その際「起業」「スケールのきっかけ」について聞かれました。私の場合ざっくり

  1. 新婚早々に夫婦揃って失業
  2. 3回の流産と9年にわたる不妊治療
  3. リーマンショックとン千万の借金
  4. 旦那の脳梗塞とリハビリ

この上記で(ラジオでは1.と2.しか話していなかったのですが、その時点で)

「ドラマみたいな人生ですねぇー!」

とTOGGYさんに言われ、うーんやっぱり私の人生ハードモードなんだなーと実感しました...。

 

社会不適合者とハードモード人生

でも「人と比べて突出した能力は皆無だけど、突出してできないことなら沢山ある社会不適合者」の私が、犯罪に手を染めず、家族4人平和に暮らせてるのって、結構すごくないですか?

...っていうと、”人と比べて突出した能力がないなんて、謙遜でしょう!”と言ってくれる方もいますが、学生時代の頃を思い返してみても、本当に何かで1番をとったとか優秀だったとかの記憶がないんですよねー。「賞状」とかもらったためしがありません。本が好きで国語の成績だけはマシでしたが、それでもちゃんと褒められたのは、小学校の時に自作の詩が朝日新聞の「小さな目」に掲載された時くらいでしょうか。

それ以外は本当に人並み以下。数学も英語もダメで、音楽は絶望的な音痴で、美術では1をとり、体育も苦手でした。やばい私w。とにかくぽけーっとしてて、そのくせ興味があることがでてきたら周りのことなんかお構いなしに行動して周囲をドン引きさせてました。男子にももちろんモテません。学生時代はだいたいひとりでぽけーっとしてるか、私と同じようにぽけーっとした感じの友達とぽけーっとしてるか、私みたいのをほっとけないしっかりしたバキバキの友達に引きずられているか・・・そのどれかだった気がします。

夢っぽいものをもっても、社会に出たとたんに自分の”総合的なスペックの低さ”をつきつけられ、
「も、もうあたしには社会人は無理、専業主婦になってはやく”毎日が休校日”みたいな暮らしがしたい!」
と思い(全国の専業主婦の皆様申しわけありません!)、今の旦那と結婚しました。

そしたらそのとたん、神様から
「バーカそんな人生甘いわけないだろ!」
っという嘲笑が聞こえてくるかのように、大量のハードラックがバシバシふってきて。。。
 (TT)

そっからピーピー言いながらも、どうやって社会不適合者がハードラックをちぎっては投げちぎっては投げして”家族と会社”をつくってこれたのか・・・

ちょうど今、弊社が”幹部育成”のフェーズにはいっていることもあり、良い機会なので、ちょっと自分視点で

「ウチの幹部に説教する設定」

で、ふりかえってみました。

自分の決断と行動で、絶望的な状況を変える経験

目指す家庭のビジョン

2002年4月21日に旦那と結婚した時、私と旦那でぼんやりと家庭のビジョンについて話しました。

「多分あなたはずっと中小企業のサラリーマンで、お給料もあんまりあがらない。きっと一生賃貸住まい。私も最初は専業主婦だけれど、子どもが2人くらいできたら多分スーパーやコンビニでパートをするんだろう。私はパートの人間関係に疲れながらわかってくれない家族にきっとイライラする。でも旦那が優しい瞬間や子ども達の笑顔に”まあいいかな”って思いながら、トータルで納得できる人生を送ると思う。」

いやー、この志の低さ!!!
(とはいえ、私たちはこのビジョンを実現するまでにこれから大変な苦労をすることになりますが。)
そして志低いビジョンを掲げて結婚し、新婚旅行を済ませ、旦那と揃って無職になったのがGWがあけてちょっとたった頃でした。そしてこの出来たばかりの”家族”というユニットをどうするかの決断は、なぜか私に委ねられ・・・私はとにかく上記の”ビジョン”を実現する思考で動きました。

逆算思考

そしてまず私は最初のマイルストーンを
”6月末の家賃含め1ヶ月分の生活費を確保する(5,6月分は契約時にすでに払い込み済みだった)”
に定め、その実現を最優先に考えました。こんな状況で何をどうするればいいかなんてわかるわけがありませんが、とにかく”引き落とし日”だけははっきりわかっています。であればまずゴールを定め、そのために「私たちは何ができるのか」を洗い出した後、”逆算”して「私たちはいつまでに何をすればいいのか」を見つけよう、と私は(無意識的に)考えました。

その時旦那は、いつから就業できるか不明な状態でした。とはいえ社会不適合者の私が、2人の生活費を捻出できる仕事を来月の家賃引き落とし日までにみつけることは難しいでしょう。ただ、幸い旦那は「自宅であれば」プログラミングできる状態でした。これは「私たちにできること」のひとつです。であれば、私がどこかから仕事をとってくればいいのです。

その時、私が描いた6月末にお金をもってくる道筋はこうでした。

  1. 6月末の家賃引き落としまでに最低30万円つくる。
  2. その場合、10日間の検収期間がいるので、6月20日に作り上げる必要がある。
  3. 5月20日から着手して6月20日まで開発期間だと約1ヶ月。30万円は多分なんとかなる。
  4. ということは、いまから5月20日までに発注確定する必要がある。
  5. つまり、いまから10日間以内で検収すぐにお金をもらえる顧客から、だいたい30万円もらえるくらいの1人月前後の案件をみつけたら、家賃が入る。
  6. とはいえ、いきなりやみくもに営業してまわる時間はない。伝手を辿るのは当然として、プログラマを必要としている会社を確実かて効率的に見つける必要がある。
  7. そういう会社を見つけるにはどうすればいいか?求人誌で見つければいい!”正社員限定”ではなく”業務委託可”から探していけばはやく見つかるんじゃないか?

いやー若いなー、穴だらけ、突っ込みほうだい。実際私はそれからすぐに求人誌の”業務委託可”と掲載されている店舗にかたっぱしからメールしましたが、NGでした。ちょうどその頃はITバブルがはじけ、プログラマと言われる人たちの仕事は”客先常駐案件”に集約されはじめていました。なので、通勤できないプログラマの需要は低かったのです。

動いてみて初めて見えるもの

そんな反応の悪さに「やばい、求人誌での顧客獲得の考えは甘かった、何か他に・・・」と考えながらメールしていると、電話をくれた方がいて、そこから発注にはならなかったのですが、その方が小規模な案件を融通し合うサイトを教えてくれました。私は早速そのサイトに登録し、結果、そのサイト経由で、ちょうど良い規模の”ちょっとした帳票作成プログラム”作成のお仕事をいただくことができました。

結果だけでいうと、私の「求人誌で顧客獲得」という決断はめっちゃ甘かったわけです。でも、私の中で「求人誌で顧客獲得」はゴールではありません。とはいえ正しいやり方を頭で考え続けても、闇雲に頑張っても、6月末というリミットは厳然と存在しています。だから仮説たててやってから判断しようと思っていました。なので実行を決断してからも、ゴール達成のために常に”より良い仮説”を獲得するためのアンテナをビンビンに張りまくっていました。だからあっさり私は手段をピボットできたのです。

このサイトで私は案件だけでなく、今もお付き合いのある起業家との人脈を獲得することができました。顧客・サイト情報・人脈・・・これら全て、私が最初にうんうん考えるだけで「求人誌で顧客獲得」という決断ができなかったら、得ることができなかったものでしょう。

そして無事6月末に、私はその報酬50万円を現金で獲得することができました。あの時の封筒の手触りとお金の厚さや重み、今でも忘れられません。私が決断し、獲得し、旦那がさばいたお仕事が、これだけの”お金”になったのです。そのあと帰宅のバスの中は、”こっ、このお金落としたらどうしよう!?”と、不安になりながら、めちゃくちゃ希望にあふれていました。なぜなら私はこの日はじめて
”自分の決断と行動で、絶望的な状況を変える”
という経験をしたからです。

状況は能力ではなくて「決断と行動」で変わる。。。これは、社会不適合者の私にとっての大きな福音でした。

それから私は「決断と行動」の連続の人生をおくることになります。

その夢を叶えるために能力は必要なのか?

”家庭のビジョン”と”会社のビジョン”

そして、ちょうど3年前、下の子が1歳になったタイミングで、”家族4人で平和な家庭を築く”というビジョンを達成した私は、改めて意識的に”家族のビジョン”を再定義しました。

ビジョンが実現した時、ビジョンはただの「現実」になります。私には”家族4人で平和に暮らす生活”が欲しくて欲しくて本当に頭がおかしくなりそうな時期が結構長くありましたが、かなった今はそれは桃源郷ではなく「現実」でしかありません。もちろん、たまに振り返って”よかったなぁ”としみじみ思うことはありますが、やっぱり新しい家族の課題は山積してます。

なので、私はまた新しい家族のビジョンを描きました。そしてこのタイミングで、はじめて1000人ミッションなどの”会社のビジョン”を明確に定義しました。

そうやって会社のビジョンを定義し、「決断」と「振り返り」を意識するようにしたことで、会社の状況は本当に”ガラッ”と変わりました。

ビジョンを定義した会社が変わった

ビジョンを定義し、それを実現するために”決断”をすると、その”結果”が出ます。結果そのものは、8割以上運や外的要因が関わってくるので、それ自体に一喜一憂してもあまり意味がありません。ですが、結果から「決断の瑕疵」を引き出すことはできます。

決断の瑕疵は、悪い結果の時だけ見えるものではありません。例えば弊社で一昨年前にWebサイトをリニューアルして応募者数が劇的に増えた時、私は遡って自分の決断の瑕疵を自覚し反省しました。会社にとって求職者と接するのは”説明会”や”応募メール”と私は思っていましたが、求職者にとっては”自社サイトを開いてから”が、ファーストコンタクトとなることが多いです。求職者の意識の変化はもちろん、採用に苦しみながら求職者のカスタマージャーニーマップはおろか自社サイトを放置していた自分のアホさ加減をつきつけられた瞬間でした。

また、決断と振り返りをするにあたって、私は悪いことから目をそらしたり、すぐに”どーせ私なんか・・・”といじける癖があります。なので振り返る時は

  • 決断が良い方向に出た時は”どうして今までその判断ができなかったのか?という反省”
  • 決断が悪い方向に出た時に”それではどうしてその決断をするまではうまくいっていたのか?という気づかなかった長所の把握”

を意識的にすることで、あまり病まずに”振り返り”をするスタイルを見つけました。

結局今思い返しても、「なんとか法」とか「かんとかメソッド」みたいな「ハウツー」を読んですぐに会社が劇的に改善したことはありません。ただ、振り返りの時の瑕疵を言語化する時に、先人の様々なメソッドや手法や書籍がそれを手伝ってくれます。私にとって、アジャイルやスクラムはそういうものでした。

 

経営に”スキル”はそこまで必要ない?

そんな風に決断と振り返りを徹底し、会社のステージは、小さく、でも確実に変わりました。それにひきかえ、私は今でも英語は話せないし技術知識も中途半端、コミュ障の「社会不適合者」のままです。そんな自分に、今でもイライラしたりうんざりしたりしています。

ですが、先日、北九州市で行ったイベントで日本最高峰のエバンジェリストに「私には志とパッションしかないんです・・・」と愚痴ったら「それ以外に何が必要なんですか?」と言われ、少しだけ目から鱗がとれました。

もちろん能力やスキルがあるに越したことはありません。中にはないことで致命的な問題が起こることもあるでしょう。ただ、起業当初にかぎっては”スキル”ってそんなに必要なのかな???というのが、私の仮説です。それよりも

  • 自分の決断で状況が良くも悪くも変わることを徹底的に自覚すること
  • その決断に瑕疵がある前提で、振り返りつづける姿勢を保ちつづけること
  • ビジョン・ゴール・瑕疵・課題を言語化し、まわりと共有すること

のほうが、少なくとも社会不適合者である私には、有効だったと思います。そしてこれからは、ちゃんと私は、この会社に見合った経営者に成長しなければいけません。

 

「決断をしない」という「決断」

そして、「決断をしない」のも、(消極的ですが)結果的にそういう「決断」しているのだ、という自覚が必要です。「決断」を放棄しても「責任」からは逃れられません。ここでいう「責任」とは、売り上げとか利益とかもーそんなものではなく、今の自分のクソな状況をつくっているのは”自分の判断の結果”だという事実です。ずるい奴らがいろんな不条理を個人に押し付けて辛い状況になっている時に「ふざけんな!」と啖呵をきること含めなにもしないという”選択”をして環境が改善されないのなら、それはやっぱりあなたの「責任」だと私は思います。

でももしあなたが「ふざけんな!」と啖呵をきったとき、(相手がブチ切れない大人の方と仮定した時)多分あなたは「じゃあどうしたいの?どうなったらいいと思うの?」と聞かれます。その時に状況を変えたいなら、、相手への憶測まじりの批判や目先を改善する小手先の手法ではなく、”こうなったらいいよね”という「未来のビジョン」なんじゃないかなと思います。

で、こういう話をすると、大抵
”いやあの人がクソだから消えてほしいだけ!”
という話がでてきます。うんうん、気持ちはわかります。でも、遅かれ早かれ、組織にとってクソな人は淘汰されます。もしくはクソな人が淘汰されない組織は組織自体が社会から淘汰されます。変える必要があるのはクソな人がのさばる組織自体であり、それを構成しているのはあなた自身です。だから、”あなたの決断と行動と振り返り”で組織は必ず変わります。じゃないと、多分そのクソな人が消えても、きっとまた新しいクソな人が現れます。

 

 

間違いのない決断なんてない。

誰かを傷つけない決断なんてない

”ビジョン”を持ち、それを実現するために決断をする中で”間違いを伴わない決断”なんてありません。自分の決断で、誰かを傷つけ、悲しませ、生活を脅かすことも当然あります。その人にとってあなたは”クソ”になります。その時に”間違えないようにしよう”とすると、どうしても人間はディフェンシブになります。その時に大切なのは、”そんな痛みを伴っても決断しないといけない目的な何か?”をはっきりさせること、つまり”ビジョン”の再確認が必要になると私は思っています。

”ビジョン”を実現するために進んでいく過程では、間違いも痛みも無数にあります。大切なのは、その痛みから目をそらさずに、真摯にむきあうことだと思います。痛いです。めっちゃ痛い。お金で済むなら簡単だよと思うくらい、いろんな人を傷つけます。だからこそ私は、その当事者、もしくは同じように”ビジョンを掲げて邁進する人”以外の批判には、ぶっちゃけあんまりふりまわされなくていいのかなーと思ってます。

そうそう、ビジョンを持ってよかったなーと実感したのは、”ビジョンを持つ人と繋がれる“、ということです。私は、社会を激変させる壮大なものでなくても、仲間・家族・友達などと作りたい未来がある人は”ビジョナリー”だと思っています。彼らのビジョンと私のビジョンは違いますが、そこから”共感”が生まれ、様々な支援や協力の連鎖が生まれます。

 

”ビジョン”と”自己実現”の違い

なので、ビジョンって、自分1人で実現するもんではないような気がなんとなく私はしてます。私は家族を持ってはじめて”ビジョン”というものを持ちました。今は”家族””会社”ふたつのビジョンを連動させ、できるだけ効率的にがんばっています。

自分1人で実現するビジョンは”自己実現””自己承認”という言葉のほうがしっくりきます。それはそれで多分アリです。私も結婚前は確かにそういう欲求も多少ありましたし、だからプログラマに転職しました。でも、それだと結局ぜんぜんパッとしないままでした。

なので、私のようにパッとしない社会不適合者の方は、いったん自己実現とか自己承認とかおいといて、自分以外の誰かと一緒に”ビジョン”ってやつを持ってみるといいですよ。おおげさなものでなくていいんです。大好きな人といっしょに”こんな風になれたらいいね””その結果、仲間以外も幸せになれたらいいね”という未来予想図。そんなビジョン実現にむけて、決断と振り返りを繰り返してみませんか?大変だと思いますが、頑張ってたら、いつかきっとTOGGYさんのラジオ番組にゲストでよんでもらえますよw