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[CIOインタビュー]未経験者や若手が安心して働き、挑戦できる社内システムを作っていく

2017.10.23

2017年07月より、フロイデは「チーフ・オフィサー制」を導入しました。
新しく就任したフロイデの4人のチーフ・オフィサーに、今後のフロイデの方向性について、それぞれの立場から、1人ずつ語っていただきます。

フロイデ株式会社CIO 白石純一(しらいし じゅんいち)

大学卒業後に公務員試験を受けるも合格に至らず、2007年にフロイデに未経験で入社。入社当初はなかなか周囲の期待に答えられなかったが、ワイヤ・アンド・ワイヤレス社から信頼を勝ちとり、現在のフロイデの自社内開発(ラボ型IT支援サービス)の元型をつくる。
インフラやクラウドの知識が豊富で、AWS・GCP・Azureなどのプレイヤーにとらわれずに知識を習得。サーバサイドやフロントなどシステム全体を俯瞰したシステムデザインをおこなう。

2017年7月に、CIO(Chief Information/Infrastructure Officer)に就任。穏やかでユーモア溢れる人柄、顧客やチームを最優先にするスタイル、そして何よりもエンジニアとして真摯に新しい技術を習得し続ける姿勢が、社内外を問わず様々な立場の人からの信頼を獲得している。

プライベートでは3児の父でもある。

フロイデに入社するまでの経緯を教えてください。

学生時代はバンド活動をずっとやっていて、朝から晩まで音楽づけ。24時間使える部室があったので、ほんとにずっと入り浸ってましたね。勉強そっちのけで打ち込んでいたので単位は全然とれてなく、6年かかって卒業しました。当時なんとなく公務員になろうと思っていたので、卒業後もしばらく受験勉強をしていました。ただ、当時彼女だったいまの奥さんと結婚を考えはじめてて。相手のご両親に認めてもらえるよう、早く職を探さないとマズいと思い、受験はやめて就職に切り替えました。正直特にやりたい事はなかったんですが、学生時代にバンドのHPを作ったり、Linuxでサーバを立ててひとりでWPなどを使ったりと趣味程度にはITに親しんでいたので、ハローワークでフロイデの求人情報を見つけて応募してみたという感じです。

フロイデに面接に行ったときの印象はいかがでしたか?

衝撃でしたね(笑)。工場の2階に作ったプレハブ小屋のような当時のオフィスそのものにも衝撃を受けましたし、面接担当の社員の中には怖そうな雰囲気の人もいて。あとあと一緒に仕事をするようになると、室はすごく優しい人だという事を知るんですが…。オフィスに続く鉄の階段をカンカン上りながら、大丈夫かこれ…とかなり不安になりました(笑)。ただ職を見つけないと結婚できないと切迫していたので、何でもいいからとにかく働こうという感じで、入社が決まりました。

入社してからはどんな仕事をしていたのでしょうか?

まずはじめに、SQLとJavaの研修を受けました。同時期に入社した人もいたのですが、社長自ら行うこの研修がなかなかキツくて。基本あまりでないようですが、僕の時には脱落する人もいました。試験に落ちると正社員になれない、正社員になれないと結婚できない…という差し迫った思いもあり、1〜2か月ほど必死で勉強してなんとか合格しました。研修終了後は、PC入れ替えなどキッティングを3〜4ヶ月行いました。社員3〜4人で九州の各県をまわって、楽しかったですね。その後は、自社サービスのメルマガシステムを開発しました。このときPMが社長で、だいぶしごかれましたね(笑)。お客様のもとに社長と一緒に行って説明をしたり、要件定義から実装・納品まで携わることで仕事の流れが分かったり。おかげで新人ではなかなかできないような経験をさせてもらいました。その後、短期案件にいくつか関わりましたが、一貫して磨いてきたスキルがないことに少し不安を覚えはじめていました。自分にできる事って何だろう、何がしたいんだろう…そんな事を考えていましたね。

そんな中、はじめての「炎上」を経験する案件と出会うのですね。

地元菓子製造・小売メーカーさんの案件ですね。もともと現場に入っていたマネージャークラスの人間が倒れてしまったことで、僕ともう一人の若手が応援に入ることになりました。ただ僕はまだ2年目くらいで、プログラミングの技術も全然なかったし、クライアントとコミュニケーションを取って仕事をしていく力もありませんでした。現場はすでに炎上しかけているようなハードな状態で引き継ぐ事になったので、もう全然追いつかなくて。誰かに助けを求めたくても、チームもなかったし、社内のメンバーはそれぞれ社外で仕事をしている状態だったので、誰に相談していいのかも分らなかった。そんな状態が続いた結果、大炎上。クライアントとの関係もどんどん悪くなっていって、最終的にはプロジェクトの途中で外れることになりました。

途中で抜ける事になった時は、どんな気持ちだったのでしょうか。

悔しかったですね。不完全燃焼で、何もできないまま終わってしまったので。社長からも、技術的に足りない事については何も言われなかったのですが、報告をあげなかった事、コミュニケーションがとれず一人で抱えこんでしまった事に関しては厳しく叱られました。もう次はないのかなぁと思うくらい落ち込みましたが、次に東京の情報系のベンチャー企業に常駐する案件が入ってきて。前回の失敗もあった上に、東京の最先端の企業にはいって自分が通用するのかかなり不安でしたが、やはり前回中途半端で終わったことの悔しさが大きかったので、ここが踏ん張り時だと思いました。

悔しい気持ちを抱えての上京。東京で働いてみて、何か変化はありましたか。

こんなに働きやすい現場があるのかと、正直びっくりしました。チームで働く意識が強く、会社全体の風通しもいい現場だったので、コミュニケーションもとりやかったです。新しい現場は情報サービスの会社で、お客さまが使う画面の設計から、バックのシステムまで全てを任される事になり、責任も大きかったのですが、チームの皆さんに助けられましたね。チーム内に、すごく面倒見のいい先輩エンジニアがいて、ほんとうにいちから色んな事を教えてもらいました。初めて使う言語もどんどん習得していけたし、仕事の楽しさを取り戻したような気分でしたね。チームがあることで、安心感をもちながら色んな事に挑戦できたのだと思います。

チームで働く楽しさを実感したのですね。福岡に戻ってからは、白石さんがチームを見る、育てる立場になっていくわけですが…

  そうですね。マネージャーとしてプロジェクト全体を見るような立場になりました。メンバーは5〜6人、そのうち10人くらいまで増えていきました。メンバーそれぞれ個性があって、得意なことも様々で。いわゆるスクラムという形ではなかったですけれど、それぞれが、お互いにないものを補い合えるようないいチームでしたね。僕自身できない事は極端にできないタイプなので、僕がチームを育てるというより、チームに助けられたという印象です。以降、このチームを見ながら複数のチームをみるマネジメントのポジションを任されるようになりました。

マネジメントをしていく中で、社長からCIOへの打診が。その時はどんな気持ちでしたか。

CIOをそもそもよく知らなかったので、何それ?何するの?って感じでしたね。あと僕は基本的に気が弱いんで、CIOという名前にもビビりましたね(笑)。最高なんちゃらとか…責任者とか…。ただ、社長から相談されたCIOとしての仕事内容には以前から興味があったし、これから自分がやっていきたい事でもあったんです。ナレッジの蓄積や共有、社内システムの導入や改善など、いまのフロイデに必要なものだと感じていました。

ナレッジの共有やシステムの改善が、社内に必要だと感じていたのはなぜですか。

フロイデは若手が多い会社で、社員数も急速に増えています。そこで、やはり若手の育成やケアにすごく時間がかかるんですね。教える立場となる中間層・ベテラン層の人員が少なく、彼らも多忙なので、みんながいっぱいいっぱいになっているような状況です。そんな中で、お互いを助け合えるツールとして、ナレッジの共有ができていたり、ノウハウの蓄積があればなと思っています。教える側の負担も減りますし、教わる側も、いつでも知識にアクセスできる安心感をもてる。人数が増えて会社のかたちも変わってきているので、そんな変化に対応していけるシステム作りが必要だと思っています。

CIOとしての重要な任務ですね。ではCIOとして、今後フロイデをどんな会社にしていきたいか?

今年7月の就任以降、社内システムの整備に奔走している状況ですが、その先にはもっとお互いが余裕をもって助け合える会社を作りたいという思いがあります。自分自身が、誰にも助けを求められなくて大炎上した経験があったり、逆に仲間がいる事で大きく成長できた経験があるので、やはり助け合える、補い合える仲間が集まる会社にしていきたいですね。会社全体として助け合える文化を作っていく事はもちろんですが、CIOとしては、プログラミングとかインフラまわりの部分においての助け合い、支え合えるシステムを整備していきたいです。

最後に、フロイデに入社を検討している仲間に、CIOから一言お願いします!

フロイデは、未経験者や社会人、第二新卒からエンジニアとして成長していくチャレンジを応援している会社です。未経験者でも、居場所はあります。ただ、「エンジニアとしてやっていく」という決心は必要です。エンジニアは専門職で、専門的なスキルが問われる仕事。中途半端な気持ちでは続かないし、何より好きな気持ちがないと続かない。逆に、好きな気持ちがあればどんなスタートからでもやっていける仕事です。あとは、嫌だな、苦手だなと思っても「やってみる」ことを大切にしてほしいなと思います。僕も、イヤだな〜と思って泣きながらやる仕事もあるんですけど、後々なにかの役に立ったり、思いがけない縁ができる事があるものです。「やってみる」を応援するメンバーがたくさん待っているので、ぜひ一緒に挑戦していきましょう。

編集後記:インタビュアー 木田

大学では法学部に所属しバンド活動に打ち込む、いわゆる「文系」だった白石さん。彼女と結婚したい一心で職を探し、飛び込んだIT業界で、確かな実績と人望を築いてこられました。学校で勉強したわけでもなく、業務未経験だった白石さんのエンジニアとしてキャリアを支えたのは、やはり開発が好きだという気持ち。「書いてる時がいちばん楽しい」と語るその姿から、この仕事への愛を感じました。CIOとしてシステム整備をするのは「好きだと思い続けられるための仕組みが必要」と考えたから。誰もがいつも全力で努力できるわけではない。だけど、せっかく縁があってはじめたエンジニアという仕事を嫌いにならないでほしいという思いがあるそうです。小さくても、今はまだ確信をもてなくても、好きだと思えるものを大切に育んでいける。そんな会社の土壌作りは、まだまだ始まったばかりです。