My sweet, hard life

私が事業を続けるたったひとつの理由

2018.10.15

最近の状況

久しぶりのブログなので、本題に入る前に、現在の会社のことについて書きますね。

32期の状況(2017/07〜2018/06)

32期はぶっちゃけ第3四半期(〜2018/03)くらいまでは、様々な要因で

  • 売り上げ利益が下がる
  • 退職者が増加する
  • 会社の雰囲気が悪くなる

という厳しい状況でした。ですが年末から様々な方々からたくさんのご支援をいただき、最終的には32期は

  • 過去最高売り上げを達成する
  • 黒字確保、営業利益前年度増を達成する
  • 取締役を擁立する

という、大変だったけれど学びと感謝の多い期となりました。
 

33期第1Qの状況(2018/07〜09)

  そして上り調子ではじまった33期は、32期の課題はまだまだあるものの、私よりはるかに優秀な方々が経営に参画してくださるようになり、改善の兆しがはっきり出てきました。まず未経験者の採用は来年4月までいったん凍結としたままで、幹部候補と即戦力の採用のみに絞りました。前期の退職者分の稼働は即戦力エンジニアの新規採用と個人事業主の方やBPの方との連携をさらに強化することで補い、結果、売上利益は前期に比べてかなり良い状況になり、退職者もだいぶ落ち着いてきていました。

閑話休題。次から今回のメインテーマです。

 

昔の仲間の自死を知る。

Twitter予約投稿に遺書ブログのリンク

 そんな風に33期は7月からずっと調子の良い状況ではありましたが、9月に入ると大口のお客様から10月以降の要員削減を通達されるという事件がありました。結果的にこの件は中長期的にしっかりお客様と会社としてコミュニケーションをとりなおす良いきっかけとなり、10月の全社的な売上利益もそう大きく変動することなく持っていくことができましたが、その頃ちょうど別件で自分のパッションが持って行かれるようなことがあり、私はもう前期のような状況になるのはなるべく避けたかった為、自分の力をできるだけ事業にまっすぐ向けるため、FacebookとTwitterに関して、

  • 社長として自分の”許せない基準”を超えた人のアカウントをお友達から削除
  • (面白いしためになるけれど)ネガティブな投稿が多い人のフォローを一時的に外す

上記のようなマイルールを決め、対応を行いました。

そして概ねカタがついた10月11日、私はネガティブな投稿が多い人の再フォローを始め、そこで、私は、一時的にフォローを外していた昔の仲間(M氏)がTwitterで遺書ブログのリンクをツイートしているのを見つけました。
※掲載についてはご遺族の許可をいただいております。


  すたらブログ「遺書」
   この記事は予約投稿したものだ。
   この記事が公開される時刻には、私はすでに死んでいるだろう。
   このように準備は整えたわけだが、淡々と自殺しようとしているわけではない。
   死ぬのは怖いし、死にたくないと考えている。
   ・・・

この投稿を見て、私は、M氏と仲の良かった昔の仲間に連絡を取って彼の実家の電話番号をおしえてもらい、かけたところ、彼のお父様が電話に出てくださいました。そして私に、彼が本当に自死したことを教えてくださいました。

 

彼との思い出

「独学でプログラミングを勉強し、知り合いの店舗のホームページをつくっている」という触れ込みで、彼とは5年前に人を介して知り合いました。彼は地元でも有名な進学校を卒業して進学したのですがそこを中退し、その後はアルバイトをいくつか転々としていました。その時の彼のコードは独学ということもありまだ荒削りでしたが、その時は新しかった「git」「jQuery」「Ruby」と言う単語を出すと目をキラキラさせてすぐに自分でも調べ、私にも様々なサイトや情報を教えてくれました。その後1、2回ほど弊社で単発の少人数のWeb講座を行なってもらったところ、受講生の評判も割とよく、何よりそこで彼は”教える”ということに興味をもってくれました。そんな彼を見て私も本腰を入れて彼が技術講師となれるよう、いろいろな方からお力添えを受けて様々な手をつくし、一時期とてもいい感じで進んでいたのですが、実際に講師になる直前に、彼は体調を悪くしてしまいました。

 その後も、彼とはTwitterで相互フォローをし合っていました。彼は頻繁ツイートをしていたので、私は彼の体調が悪くなったりよくなったりする様をずっと見ていました。彼のツイートは体調が良い時はとても前向きで、現場から離れた後もずっと技術学習を継続して着実に力をつけていくのが手に取るようにわかりました。ただ、体調が悪い時は、彼はひたすらに自分を責める投稿を続けました。彼は文章力が高いため、そのような時の彼のツイートは読んでいて胸にせまるものがあり、そういう投稿を読むたびに、私は本当に悲しくなり、無力感に苛まれました。

 そして私は・・・前出のように、先日、自分のパッションを保つため、いったん彼のフォローを外しました。

何のために事業をやっているのか

失敗することが怖かった

 電話で、私は彼のご両親に「力不足で申し訳ありませんでした」と、なんどもなんども謝罪しました。ご両親は電話を交代しながら「チャンスをいただきありがとうございます」「フロイデにいた時が一番彼は元気で輝いていました」と言ってくださいましたが、自責の念は消えませんでした。自責は、私がTwitterのフォローを外したことで彼が傷ついたのではないかというのももちろん有りますが、この数年間、彼のTwitterを見て何度か単発で講義を依頼しようとしたのに「これでまた彼が悪くなったら」と、一歩踏み込むことができなかった事実を突きつけらたことが一番大きな原因でした。

 結局、私は、失敗することが怖かったのです。

 私はフロイデで「無職・フリーターを1000人育成する」というミッションを掲げています。これは、人とITの可能性を信じて、期待と機会を与えることで、小さな奇跡を1000回起こし続けるということです。ですが、私は失敗をおそれるあまり、彼の可能性を信じることをせず、期待と機会を提供できませんでした。私は、

「私は何のためにこの事業をやっているのだろう?」
「私にその資格があるのだろうか?」

ということを、週末ずっと自問自答していました。

 

1000人ミッションを達成するということ

 そして、自責に押しつぶされそうになった私は、ある尊敬する人に今回の件を伝え、その方から

「人は、自分を必要としてくれている人に生かされている」

ということを教えていただきました。

 きっと私は、もっと彼を必要とすればよかったのです。彼を信じ、彼の前向きさ、実直さ、優しさ、頭の良さを頼れば、「より見合った機会、より適切な期待」など小難しく考えず、最後の責任は私が負う覚悟で「あなたの力を貸して欲しいの」と言えばよかったのです。それだけを愚直に行い、小さな奇跡を積み重ねていけばよかったのです。それを1000人になるまで続けること、それが、社長のくせにすぐ言いくるめられるお人好し・・・だけれど妙にしぶとい私にしかできない仕事のはずでした。

 それなのに、年末から今まで、私は明らかに事業目的より事業そのものに意識がいってしまい、正直、本当に起業家としてやるべきことが完全に手薄になっていました。

私が事業を続けるたったひとつの理由

 私は「無職・フリーターを含む未経験者を1000人エンジニアにする」ことをミッションとして事業を続けています。それを中心になってやるのは私です。なぜなら、私がまさに無職・フリーターどころか「誰にも必要とされない人」だったからです。30手前で私は誰にも必要とされれない辛さをいやと言うほど味わい、その後ITスキルでだれかに必要とされることの喜びを知ることができました。その痛みと喜びを身体に刻みつけてこの事業を継続できるのは、まだ私しかいないと思っています。

 10月に入り、フロイデは非常に優秀な人材が立て続けに何人もJOINを表明してくれました。ビジネスマンとして、エンジニアとして、私なんかよりも何倍も優秀な方々です。私が事業の目的を忘れなけば、事業そのものはきっと彼らが如何様にもしてくれるでしょう。

だから今から私は、焦らずでも迅速に今のフロイデの基盤を固め、その後は、私にしかできないことをやっていきます。

その過程で、きっとあなたの力を必要とする時がきます。その時はどうか、私を助けてください。

私は、あなたを必要としています。